長々続く激しい倦怠感 慢性疲労は脳の炎症が関係か
全身の激しい倦怠(けんたい)感や筋肉痛などが何カ月も続く筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)。早期診断や効果的な治療法を確立するための臨床研究が始まった。専門家は脳の炎症と病気の関係に注目しており、この病気で根拠に基づく治療の可能性が見えてきたのは初めて。患者や家族も大きな関心を寄せている。
ME/CFSは日本では長く「慢性疲労症候群」と呼ばれていた。だが一般の慢性的な疲労と混同されたり、患者の症状の訴えが理解されず「怠けている」などの誤解を受けたりすることから、厚生労働省の研究班は昨年、世界的に使われるME/CFSの名称を日本でも使うよう推奨した。
この病気はそれまで健康に生活していた人が、風邪などの感染症や事故、過重な労働などをきっかけに突然発症する。生活が著しく損なわれるほどの激しい倦怠感、睡眠障害、全身の痛みなどが6カ月以上続く。国内の患者数は8万~24万人と推定され、寝たきりで介護が必要となるケースも少なくない。
疲労や痛みの症状があっても一般の臨床検査では異常が見つからないことが多い。「本当は疲れていないはず」と自分に言い聞かせて行動し、症状が悪化しがちだ。精神疾患など他の病気と誤診され、ME/CFSとしての診断が遅れるのも問題になっている。
患者には漢方薬や抗うつ剤などの薬物療法、ヨガなどの運動療法などが状態に応じて使われるが有効な治療法は確立されていない。
そうした中、病気のメカニズムを解明し、治療法を探る動きが出てきた。きっかけは理化学研究所などの4年前の研究成果。陽電子放射断層撮影装置(PET)で患者の脳を調べたところ、脳神経系の炎症が特定の場所に発生していた。
脳の扁桃(へんとう)体の炎症は認知機能、視床の炎症は頭痛や筋肉痛、海馬は抑うつ症状とそれぞれ相関していた。炎症が強いほど症状は重かった。
研究グループはその後、被験者100人規模を目標にした臨床研究を開始。脳の炎症と病状の関係を詳細に検討するほか、血液からME/CFSを診断できるバイオマーカーを特定したいとしている。臨床研究への参加は、日本のME/CFS診断基準に加えて、米国・カナダの診断基準を満たすのが条件だ。研究グループの大阪市立大学の倉恒弘彦客員教授は「バイオマーカーが見つかればどこの診療所でも血液検査で患者を診断し、専門病院を紹介できるようになる」と話す。
臨床研究ではさらに、脳の炎症を抑える効果のある薬剤を投与し、効果を調べることも計画している。「候補となる薬剤は、既存の承認薬の中から選ぶことになる」(倉恒氏)という。
臨床研究は日本医療研究開発機構(AMED)の採択事業として行われ、PET検査に関して被験者の負担は生じない。詳しい内容は大阪市のナカトミファティーグケアクリニックのホームページ(http://tukare.jp)で分かる。
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漢方薬やヨガなど効果も
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の治療法は「医療機関によって選択される内容にばらつきがあり、手探り状態が続いている」(遊道和雄・聖マリアンナ医科大学教授)という。遊道教授は日本疲労学会で19日、ME/CFSの治療ガイドラインの検討状況を説明。国内外の論文情報によると、治療法の勧奨レベルのうち、上位の「強く勧められる」と「勧められる」に該当するものはなかったという。
ただ、漢方薬や抗うつ剤の処方、全身を温める和温療法、ビタミンなど栄養補助食品の一部については「科学的根拠がさらに必要だが、検討に値する」と話した。ME/CFSの治療経験の長い岡孝和・国際医療福祉大学教授は「漢方薬やヨガなど、患者の症状によっては効果が認められるものもあり、医師側の経験も蓄積してきている」と説明し、早期診断・治療の大切さを説いている。
(編集委員 吉川和輝)
[日本経済新聞夕刊2018年5月30日付]
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