Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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昭和34年の神経診察

2016年05月03日 | 医学と医療

「復刻版 神経疾患の検査と診断」
というDVDを見た.日本の神経内科学を確立した冲中重雄先生(東京大学名誉教授;写真A)が昭和34年(1959年)に制作した神経診察に関する16mmフィルム作品の復刻版である.感銘を受けるとともに,驚くべき内容であったので感想をまとめたい.

1.自分が先輩方から教わった神経診察の原点は沖中先生の診察にあったこと
当たり前なのかもしれないが,ビデオの診察法はまさに自分が新潟大学の先輩方から学んだ診察法そのものであった.つまり沖中先生が影響を受けたアメリカの臨床神経学が,その弟子である椿忠雄新潟大学神経内科初代教授を介して我々に伝えられていることを改めて実感した.ビデオの中で沖中先生は,現病歴の重要性を強調すると同時に,「神経病診断の基本は,ベッドサイドにおける克明な臨床観察であり,ハンマー等の簡単な道具による診察で,ほとんど誤りのない臨床診断ができる」と述べておられる.これはまさに先輩方から教えられたことである.

2.57年前の診察に時代遅れの感がなく,むしろ現在より工夫に富むこと
診察道具はいまと全く変わっていないが(写真B),患者さんをじっく診察している様子が印象的である.自分では日常あまり行っていない診察法として,顔面神経麻痺に対する眼輪筋反射,痙性に対する交差性内転筋反射,手クローヌス,そして対称性共同運動が紹介されていた.また翼状肩甲は,顔を拭く行為の際にはっきり分かることも紹介されていた.患者さんの日常生活までしっかり観察しているからこそ気がつくのだろう.
一番,驚いたのは小脳症候の診察である.通常の診察のほかに,「指叩き試験」として二重丸で書いた指標をなるべく早く叩いてもらう診察(写真C)や,十字の交点をサインペンの先で叩いてもらい,そのズレをみる診察(写真D)を初めて見た.後者はそれだけではなく,紙を叩く音を録音し,音の間隔や大きさの不規則さで失調の程度を「見える化」していた.以前,当科の古い写真のなかに見たことのない神経診察用の機械を複数見たことがあるが(写真F;何の診察のためのものか,お分かりの方いらっしゃいますか?),その時と同じぐらい驚いた.神経診察は57年もの間,進歩していなかった.今後,神経疾患に対する治療介入はますます進むと思われるが,鋭敏な効果判定のための指標として,神経診察法の工夫・定量化は必要ではないかと感じた.

3.ビデオ撮影法が優れていること
神経診察のビデオ撮影は案外難しい.特徴とする所見をうまく捉えられてなかったり,アングルが悪く分かりにくかったりして,ビデオを見てがっかりする.しかしこのビデオは本当に分かりやすい.沖中先生は映画製作については,椿忠雄先生,豊倉康夫先生に任せたそうであるが,お二人は典型的な所見を呈する患者さんをたくさん集め説得し,カメラのアングルも所見が分かりやすいように工夫されたのだと推測される.またフィルムを早回し,所見をスローモーション撮影しているのも工夫の一つで,これによりクローヌスには急速相と緩徐相があることが初めて理解でき驚いた.神経内科医以外のドクターにも見ていただきたい診察の動画である.

4.沖中先生のことばに触れることができること
ビデオの最後に,萬年徹先生,岩田誠先生,清水輝夫先生による鼎談が収められているが,そのなかで沖中先生の仰ったことば,好きなことばが紹介されている.第2回の神経学会会長演説で,ハーバード大学のDenny-Brown教授の「The essence of neurology is in the clinic, without patients, it is nothing.」という言葉を引用されたそうである.また「神経の病気は治らないから嫌だ」といった学生に対し沖中先生は,「じゃ医者は治る病人だけを相手にするのですか?」「治らない病気だからこそ,私達が一生懸命考えて,私達が何かしらやってあげられることを探さなくてはいけないのですよ」とおっしゃったとのエピソードが語られていた.新潟大学の先輩方から教えていただいた神経内科医としての姿勢の源流は,ここに遡ることを理解することができた.

「復刻版 神経疾患の検査と診断」DVD 全1巻 78分 


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