方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

『NHKスペシャル 女と男』(4) − ナビゲーションと古人類学と

関連過去記事
『NHKスペシャル 女と男』(1) − 概要
『NHKスペシャル 女と男』(2) − 内容要約
『NHKスペシャル 女と男』(3) − 方角・距離・目印 



 番組中の地図読み・ナビゲーション関連部分の要約は、第2回記事を参照してください。以下、番組内容からの抜粋は青字で記載します。 

ナビゲーションについて

 番組中では、ソーシャー博士がこう発言しています。
「地図には、ほとんど距離と方角の情報しかありません」
 ハイ、完全に間違ってます
 方角と距離の情報に基づいたナビゲーションを推測航法といいますが、計測ツールを用いずに感覚のみの推測航法でまともなナビゲーションをするのはまず無理で、目印を利用した「ランドマーク航法」を組み合わせる必要があります。
 道路というものは、れっきとした「線状特徴物」であり、道路上を歩くこと自体が「ランドマーク航法」の一種です。
 ツールを使用しないナビゲーションにおいては、目印を的確に把握することが非常に重要になります。方角や距離の測定ツールを使用すれば、その分 目印への依存度も下がってきますが、それでも、コンパスを使用したナビゲーションにおいても、現在地を正確に特定できる目印が重要であることには変わりありません。目印が無くても、感覚で方角や距離が正確に把握できるかのようなヨタを撒き散らすのは、止めにして欲しいものです。 

 結局、この番組では、
「男性は地図が読めるが、女性は読めない」
という従来の俗説はちゃっかり全肯定した上に、
「男性は方角と距離を正確に把握できる」
という新たな俗説を生み出しています。一見したところ、従来の俗説の誤りを指摘する、という体裁を取っているだけに、余計にタチが悪いと言えます。 

番組中の古人類学について

 番組中の「実験」自体が怪しい以上、原始時代の性別役割がどうこう言う話も、ただのこじつけでしかありません。
 番組によれば、数百万年前、男性は狩猟を担当し、女性は採集を担当していたとのこと。また、ソーシャー博士の仮説によれば、女性は目印を言葉で覚えていたのではないかとのこと。 しかし、古人類学の知見によれば、数百万年前、ヒトの祖先は狩猟をしていなかったし、言葉も使っていなかったと考えられています。
 「女性は目印を言葉で覚えていた」云々を仰々しく「仮説」などと呼んでいますが、もっと適切な「思いつき」という言葉があります。
 所詮、番組制作者側からすれば、まず都合のよいストーリーを先にこしらえておいて、尤もらしい原始時代の話をこじつけさえすればよかっただけでしょう。数百万年前がどうこう言う話も、いかにも「伝統」があるかのように見せかけた上で、現代の男女に当て嵌めるためのレトリックだと言えます。
 まあ、大負けに負けて、番組で言っている通りの性差が存在し、且つそれが原始時代の役割分担に起因していると仮定しましょう。ここで触れておきましたが、方角・距離の測定は機械化が容易な単純計測ですが、目印の認識は、おそらく高度で複雑な認知能力であるため、機械化は非常に困難です。したがって、ソーシャー博士の思いつき仮説よりも、以下の思いつき仮説の方が妥当です。

 数百万年前、ヒトの祖先は採集と死肉漁りをしていて、他の動物と同様に空間認識能力は持っていたが、言語能力はまだ持っていなかった。
 その頃男性は、見通しがよく、地形的に単純で、迷う惧れのない平原で活動していたので、目印を認識する能力が発達しなかった。
 一方女性は、見通しが悪く、地形が複雑で、常に道迷い遭難の危険がある山岳や渓谷で活動していた。方角と距離を基に直進すると、断崖や渡渉不能な渓谷に行き当たって命の危険に晒されたので、的確に目印を把握してルート取りする能力が発達した。

 地図読み・ナビゲーション能力には、経験・訓練が大きくものをいいますが、この番組では完全に無視され、いきなり数百万年前の異次元世界に話がぶっ飛んでいます。何も数百万年前まで遡らなくても、被験者の数十年間の生育履歴でかなりの部分の説明がつくでしょう。真っ先に考えられる「経験・訓練」という影響要素を完全に見落としているようでは、研究者としての能力にケチを付けられても文句は言えないかと。 

CGについて

 古人類学など実はどうでもよく、単にレトリックのための小道具として使えさえすればよい、という番組制作者の姿勢を如実に具体化しているのが、番組中に再現された「数百万年前? の人類」とやらのCGです。まるで、変な木彫りの置物をかたどったかのようです。
 予算の制約もあるでしょうから、CGがショボイこと自体をとやかく言うつもりはありません。そうではなくて、古人類学者の監修をきちんと受け、正確に復元する気が全く無いらしいことを問題視しています。
 「数百万年前? の人類」のCGは、NHKオンデマンドの無料お試し視聴で見ることができます。下記リンク先の動画トップがそれです。 

NHKオンデマンド
 NHKスペシャル 女と男 最新科学が読み解く性 第2回 何が違う?なぜ違う?
http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2011028261SA000/ 

 比較対象として、イギリス国営放送BBC(英国版NHKみたいなもの)が復元したホモ・エレクトゥス(約200万年前〜数十万年前まで存在)の画像をリンクしておきます。かなり重いので注意。 

BBC NATURE PREHISTORIC LIFE
 Homo erectus (英語)
http://www.bbc.co.uk/nature/life/Homo_erectus 

地図読み・ナビゲーション以外の部分について

 この番組の地図読み・ナビゲーション関連部分には、ほとんどツッコミ所しかありません。わざとツッコミ所のみで構成することにより、批判者に論点を絞らせないのが狙いか? とすら勘繰りたくなるほどです。3回シリーズ中の一部分に過ぎない地図読み・ナビゲーション関連部分でこの有様ですから、他の部分は推して知るべし。

 番組のメインとなっている(らしい)脳科学について、現役の神経科学の専門家はどう見ているか、下記のリンク先で読むことができます。

・ブログ 『大「脳」洋航海記』 より
 ミスリードされる「脳から見た男女差」:現代の神経科学はそこまで男女差を明確に示せるわけではない
http://viking-neurosci.sakura.ne.jp/blog-wp/?p=2385 

 余談になりますが、上記ブログの「似非脳科学」関連記事は充実しています。
・同上 ‘ニセ科学問題’ カテゴリー
http://viking-neurosci.sakura.ne.jp/blog-wp/?cat=38 
は、拙ブログを書くにあたって大いに参考にさせて戴いております。


 番組中で紹介されたヘレン・フィッシャー博士の「愛は4年で終わる」説への批判もあります。

・『榎本知郎のホームページへようこそ』 より
 愛は4年で終わる?
http://homepage2.nifty.com/anthrop/retric2.htm 

上記リンク先の記事で、

この前のNHKの番組で、「愛は四年で終わる」と紹介したという。

とあるのは、おそらく『NHKスペシャル 女と男』のことであろうと思われます。


 ひとまず、『NHKスペシャル 女と男』関連記事はこれで終わりとします。